東京新聞130周年

東京新聞は、明治17(1884)年に「今日新聞」として発刊。9月25日に発刊130周年を迎えこれからも、
東京の地元紙として地域密着や読者の視点を大切に、家族みんなで楽しめる明るい話題をお届けします。
前後4日間、130周年企画として「つたえる愛情。つながる家族」をテーマとした特集を掲載します。

つたえる愛情。つながる家族

身近すぎる存在。だからこそ…

 「たった一枚で自分を表現しなさい」。写真専門学校でこの課題が出された時、僕のなかで「一生で一度しかシャッターが切れないとしたら」「人生の最後の瞬間に眺めたい写真って…」と考えがめぐり、たどり着いた結果が「家族写真」でした。父と母、兄と僕の「浅田家の写真だ!」と。でも、普通にみんなで並んでハイチーズじゃつまらないから、浅田家の思い出《小学生の頃、父と僕ら兄弟が同時期にケガをして、看護師だった母が勤める病院へ》のワンシーンを再現して、パシャリ!

 その一枚の家族写真に手応えを感じて、いろいろな思い出の場面を再現して撮るうちに、なくなったんですよね、思い出が…(笑)尽きてしまった。だから〝新しい未来の写真〟を撮ろうと、みんなで消防士の格好をしたり、ラーメン屋になりきって撮影しました。その集大成が写真集『浅田家』です。

 昔から浅田家では毎朝7時に全員そろって朝食をとる、毎年の年賀状のために父が僕ら兄弟の写真を撮る、という習慣がありました。父は子どもの頃に養子に出されたため、温かい家庭を築くことを強く望み、そんな習慣をつくったようなんです。でも、家族写真がなければ、何を話すわけでも、何かを一緒にするわけでもない家族だったので、知らないままの事実だったと思います。

 「家族がいなければ、僕という人間は存在していない」。そんなことは当たり前過ぎるから、普通は考えないことかもしれません。でも、僕らには家族写真があったから、お互いを深く知ることができて、素直に感謝する気持ちが自然に生まれたように思います。

家族の輝く一面を、思い返すための一枚

 じゃあ、他の家族はどうなんだろうと興味が湧いて、全国の家族を撮影するようになりました。今までに約40家族。たくさんの家族と出会い感じたことは、「家族は、ひとつの球体のようなもの」。良い面だけじゃなくて、球体のなかに不満や問題も混在しています。そんな球体の光り輝く部分にフォーカスするために、その家族の一人になるように心がけました。全面を知らなければ、良い面も悪い面も分かりませんから。

 「お母さんに感謝の気持ちを伝えたい」「病気のおじいちゃんを喜ばせたい」など、さまざまな想いに触れると、「いい写真を撮りたい」というよりも、「撮影日が記念日になればいい」という思いを持つようになったんです。写真は撮ったあとに見返して、その瞬間、その日のことを思い返すものですからね。写真のなかでは小さかった孫がもう社会人になっている、今は写真でしか両親の顔を見ることができない…など、時間の経過に比例して、写真が伝えるものは大きくなるように思います。

 ただ、今はスマホなどで手軽に写真が撮れるようになりましたが、多くの人が写真をデータのままにしていることが残念です。デジカメやパソコンのなかで、データのまま誰の目にも触れることなく、いつか消えて無くなってしまう…。だから、一枚一枚をちゃんとプリントして「写真」にしてほしい。10年、20年後、その一枚を囲んで、みんなで笑いあえるように。

 現在、家族写真は休憩中です。最近、僕も父親になりました。新しい浅田家の一員をしっかり養うため、むちゃくちゃ可愛い姿を撮影するため、日々、奮闘しております。

写真家 浅田政志(あさだ まさし)さん

1979年三重県生まれ。大阪の日本写真映像専門学校在学中に、「浅田家」シリーズを撮り始める。07年に写真家として独立。08年、写真集『浅田家』(赤々舎)を刊行し、第34回木村伊兵衛写真賞を受賞。

全国の家族を撮影する浅田さん。ご家族の方々と綿密に話し合い、撮影カットを創り上げるという。

浅田家の皆さんで、消防士になりきった一枚。
他にもバンドマンやラーメン屋などに扮している。

定年退職するお母さんのため「お疲れ様会」を企画。
浅田さんは会の司会進行も務めながら撮影した。

温泉エッセイスト
山崎まゆみ(やまざき まゆみ)さん

1970年新潟県生まれ。「温泉での幸せな一期一会」をテーマにテレビやラジオ、雑誌等でレポート。観光庁任命「VISIT JAPAN大使」の一人。一方で、戦争体験者の聞き書きもライフワークとし『白菊 ‐shiragiku‐ 伝説の花火師・嘉瀬誠次が捧げた鎮魂の花』(小学館)を刊行。他、『だから混浴はやめられない』(新潮新書)など著書多数。 山崎まゆみオフィシャルサイト http://ingsnet.com/mayumi/

世界中の温泉を巡る山崎さん。
タイの温泉にて入浴

屋久島の湯泊温泉にて。
一期一会の素晴らしき出会いが混浴の一番の魅力

山崎さんが取材する

「親孝行温泉」とは  足腰が弱った親を連れて行くのにおすすめの温泉地、温泉宿のこと。具体的には、お風呂に手すりが付いていたり、貸し切り風呂のある宿、バリアフリー客室などがある宿を指しています。現在、山崎さんが取材している「親孝行温泉」は健康情報誌「はつらつ元気」(芸文社)で連載中です。

混浴は「家族の食卓」と似ている

 27歳の時、雑誌で全国の「混浴」をレポートする連載を始めました。最初は不安でしたが、いざ入ってみたらなごやかで楽しかった。お風呂で出会った人とお酒を飲んだり、一期一会の旅でこんなに人と親しくなれるなんて。「温泉って素敵!」と感動しましたね。それから17年間、日本だけでなく世界中の温泉を巡り、31カ国、約1000カ所の温泉に入りました。

 どの国の温泉にも良さはありますが、日本の場合、「情緒」という言葉に日本の温泉の魅力が詰まっていると思います。温泉旅館や温泉街…この情緒は海外にはないものですよね。日本の温泉は、日本人の精神性とも深い関わりがある、世界に誇れる文化なんです。

 私がこんなに温泉好きになって、混浴にもなじめたのは、大家族で育ったことも大きいと↓思います。実家は新潟で桐ダンス製造販売業をやっていて、住み込みの職人さんも一緒に大勢で食卓を囲むのが日常でした。私にとって混浴は、幼少期の家族の食卓と似ているのかもしれませんね。それに家族旅行といえば、当たり前のように温泉に行っていました。

 昨秋、両親を連れて熊本県阿蘇の黒川温泉に行きました。選りすぐりの温泉に連れて行ったにも関わらず、「一生分の風呂に入ったな」と飽きてしまった父(笑)。親という存在は近すぎて「まったくもう」と思う時もありますが、そう言いながらもずっと仲良し、旅行にもよく行きますね。

「親孝行温泉」を多くの人に伝えたい

 これまで私は家族とともに幸せな人生を送ってきましたが、2年前、大切な妹を亡くしました。子どもの頃から障がいを持った妹は、いつも家族の中心にいた存在。「妹に幸せになってほしい」。その思いが家族の結束をより強くしていました。

 10年くらい前までは妹と旅行に行くこともありましたが、当時の日本はどこへ行ってもバリアフリーは整っていませんでした。体が不自由な人が旅をするのは楽ではなかったです。

 妹が他界して2週間後、偶然にもある雑誌からバリアフリー温泉の取材を依頼されたのです。ご縁だと思いました。それをきっかけに温泉地を取材していくと、意外にも多くの宿や温泉がすでにバリアフリー化されていたことを知りました。そして、宿のご主人にも「受け入れたい気持ち」をお持ちの方が多かったのです。「もっと早く相談していたら、妹を温泉に連れて行けたかもしれない」と後悔しましたね。

 今まで取材した中で一番印象に残っているのが、佐賀の嬉野温泉(うれしのおんせん)。東京からは少し遠いですけどね。温泉地全体でバリアフリー化を提唱していて、温泉地のバリアフリーツアーセンターに問い合わせるとお客さんの心身の状態をていねいに聞き取り、その方に合った宿を勧めてくれるのです。全国にこういう取り組みがもっと広がればいいなと思いました。

家族とは、生きるうえで「根幹」となる存在

 温泉って、体が弱っている方、不自由な方こそ入って癒やされたいものですよね。その思いを胸に2年取材して分かったことは、「完璧なバリアフリー温泉はない」ということ。心身の状態は人それぞれ。だからどんなに設備が整っていても、不便なところは出てきてしまうんです。それでも温泉は、生きる喜びになると思います。

 理想を言えば、宿がバリアフリーの情報を公開し、利用者が宿を選べる状況ができることですが、まだ時間がかかりそうです。だからこそ、私が取材したことを「親孝行温泉」というテーマで本にまとめることを今の目標にしています。

 家族とは、生きていく上で「根幹」となる存在。大切にしたいですよね。おじいちゃん、おばあちゃんも一緒に世代を超えて家族で楽しむには、温泉が一番だと思います。みんなで過ごせて幸せな気持ちになれる温泉をこれからも紹介していきたいし、多く人にぜひ行ってもらいたいですね。

山崎さんの近刊

茂木健一郎×山崎まゆみ『お風呂と脳のいい話』
(東京書籍刊)
脳科学者と温泉エッセイストの対談集。露天風呂の高揚感、入浴時の脳の活性化機能、温泉と雑談力などお風呂と温泉の知られざる魅力を脳科学という視点から明らかにする一冊です。

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